上高地の切り裂きジャック (文春文庫)

上高地の切り裂きジャック (文春文庫)



島田荘司は四冊目。デビュー作の占星術殺人事件ミステリーランドの透明人間の納屋、斜め屋敷の犯罪ときて今回の上高地切り裂きジャックを読んだわけだけど、一番期待はずれだったのが今回の作品だった。
ミステリーを読んでいて、提示される謎はもの凄く魅力的なのに結末で明かされる真相が物足りなくて落胆することがたまにある。何がどうなっているのかさっぱり分からない謎、完全犯罪や超常現象が起こっているとしか思えない謎、そういったものを目の前にしたとき、僕の場合は「これがどうやって解決されるんだろう」という点に興味を魅かれる。そして実際に解決編で探偵役が、こちらの思いもよらぬ推理を披露したときの「その手があったか!」という驚き、魅力的な謎に対する論理的かつサプライズな解答、これが僕にとって面白いミステリーの一つの形なのです。
例えば斜め屋敷なんかはまさにこの流れ通りだった。不可能犯罪としか思えない状況を打破する豪快で爽快な物理トリック。基本物理トリックは好みじゃないのだけど、あれはさすがに素晴らしかった。
今回読んだこの小説に収録されていた二編は、謎は魅力的だった。
上高地でロケをしていた女優の死体が発見される。死体はなぜか内臓が持ち去られていて、暴行の跡があった。精液の持ち主を特定し逮捕したのだが、容疑者には完全なアリバイがある、という内容の表題作。
核シェルターを持つ家に住んでいた男が知人にその家を売り渡す。新たな住居者はシェルターを封印していたがある日そこから異臭が放たれ、シェルターを空けてみたらその男の死体があった。しかし彼は少し前まで街中で目撃されていた、という「山手の幽霊」。
どちらも謎は魅力的。「上高地の〜」は一見不可能犯罪に思えるし、「山手の〜」は一見幽霊が出没しているように見える。
そしてもちろんその謎は終盤解決される。その真相は、論理的ではあるけれど、サプライズはないのだ。「なるほど」とは思うのだけど「なるほど!」とは思えない。感心はするけど感動はしない。その理由は、不可解な状況があまりにあっけなく崩れていくのが物足りないということ。気づきそうで気づかなかった盲点、とか、アッと驚く大トリック、とか、そういったのがない。真相が明らかにされても「はあ、そうですか」くらいの感想しか持てないのだ。バラバラになっていたジグソーパズルのピースが綺麗に嵌っていくこと自体は嬉しいのだけど、そこに描かれた絵は大した絵じゃなかった、みたいな感覚を覚えること。
ミステリーとして優れていない、と言いたいわけではなく、あくまで僕が求めるミステリーとは違ったな、という話。





月の扉 (光文社文庫)

月の扉 (光文社文庫)



主人公たちはとある目的のためにハイジャックを起こす。その最中、乗客がトイレに入り、そのまま死体となって発見される。機内は彼らが監視していたが、被害者がトイレに入った後に動いた人間は誰もいない。彼女は自殺したのか、他殺であれば誰がなぜどうやって?そして主人公たちの目的は?
という話。
まず状況設定が凄い。ハイジャック犯である主人公たちによって機内はほぼ完全な監視状態にある。それなのに殺人事件(?)が発生する。読んでいて頭の中ははてなマークだらけ。そして物語は殺人事件(?)の推理とハイジャックの攻防が同時に語られる。この展開もなかなか刺激的。
そして何より、石持浅海の得意技であるロジカルな推理展開がたまらなく面白い。島田荘司の感想を一緒に書いたので御手洗潔と比較すると、御手洗は常人からは計り知れない推理力で、他人にはわけの分からない結論や問いを発して読み手を驚かせる。皆が山を歩いて上る中一人空を飛んで頂上を目指すようなもの。それに対してこの人の小説は、推理するのは探偵でもなんでもない、たまたま事件に居合わせた普通の人々。彼らは地道に一歩一歩を積み重ね、そしてその一歩一歩に対して常に自覚的なのだ。些細な事柄、疑問点の一つ一つをはっきりと提示し、それが持つ意味について登場人物が徹底的に議論する。そうしてやがて頂上に到達する。論理の積み重ね方がもの凄く丁寧で、圧倒される。求道的といってもいいかも。論理的というのは何て美しいのだろうと感嘆する。先に「論理的かつサプライズな解答がほしい」と書いたけど、この人の小説は論理的「すぎて」サプライズなのだ。
たいへんに面白かった。この人の小説は全部読もうと思った。






最近ユーキャンのボールペン講座を始めました。社会に出るのに備えて。
モラトリアム終焉まであと4ヶ月なのだね。